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藪田家は元文5年(徳川八代将軍吉宗時代)以来、十一代続く旧家です。祖母千重子の兄は、京都妙蓮寺の七十四を冠する僧侶でです。そして、近系には三菱レーヨン社長清水喜三郎、北原白秋の門人、「きらきら星」等の作詩家、薮田義雄、フォトグラファー、薮田修身、音楽プロデューサー/作曲家、浅倉
大介がいます。

(薮田義雄)
明治初頭、先々々代、薮田貞次郎が、東京、台東区竹町(佐竹店)で家具商を始める。
先々代、
薮田信次(画家/漆芸/技術保存作家)が、赤坂、軽井沢、下谷、越谷に出店
芸術保存工芸品指定商・日本漆工協会常任理事・全国家具連合常任理事 明治23年 株式会社薮田漆芸堂 設立 (家具、漆芸等制作、陶芸、卸売業)
 
(藪田信次/新聞記事/作品)
昭和19年 芸術保存工芸品指定商。
※古美術 平山堂、菅原通斎氏の指導の下、銀座6丁目鉄道工業ビル1階に当時、平山堂社員であった山本孝氏(後の東京画廊社長)とともに、古美術店を開店

昭和30年3月 新作日本画展開催(於:赤坂店、現ギャラリー アーシュ)
6月 第4回銘品展。
7月 日本画大家展(於:産経会館画廊)。
昭和31年 日本画新作展
その後 漆芸、家具展を多数開催

昭和34年 皇太子妃御成婚調度品(正田家)納。
昭和35年 宮内庁、赤坂新御殿内皇太子殿下御室納品(サイドボード他)。
昭和43年 天皇皇后両陛下御椅子新宮殿用品製作 ならびに漆補修。(椅子、卓380本)。
昭和49年 赤坂離宮調度品補修。
昭和40年 先代、薮田眞が、赤坂に分家独立
株式会社赤坂薮田漆芸堂設立、インテリア、内装施工業中心に転換
平成8年 赤坂薮田漆芸堂内に併設画廊を設置
平成10年 有限会社アーシュ(代表取締役 薮田泰人)設立
美術品専門画廊ギャラリー アーシュ開店
平成16年 赤坂一ツ木通り商店街理事就任
現在に至る
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日本国内では、欧米諸国に比べて絵画を描けている家庭が、まだまだ少ないのが現状です。画家は数え切れないほど存在しております。その中で有名著名作家、有望作家とその他の画家との違いは将来的に「飽きがくるか・こないか。」に集約されると思います。
それがすなわち「絵の力と作家の力」だと考えております。
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弊社が厳選した作品は自信を持ってお勧めできると自負しております。日本中の家庭の壁を本物の絵画で飾ってもらい心豊かで潤いのある生活を送っていただくことが弊社の大きな目標の一つです。「アーシュ(ARSH)」とは、もともと造語です。美術を表す「ARS」に自らの頭文字「H」をプラス(ARS+H)したものです。
後日、調べたところ「アーシュ」とは、フランス語で「橋」や「ノアの箱舟」といった意味があるそうです。 また、旧約聖書の中に「アーシュ座」という天体名が登場するという話もあります。
アーシュ座(イスラエル) 「アーシュ」は旧約聖書に登場する星座の名前です。旧約聖書に登場する天体名は意外と少ないのですが、その中でプレアデス、オリオンと並んで登場しているのが、ヘブライ語でアーシュ(またはアイシュ)と呼ばれる天体です。
アーシュが何を表すのかについて研究したイタリアの天文学者スキャパレリは1903年にその著書の中で、北斗七星のひしゃくの水の入る部分の4星(α星・β星・γ星・δ星)を表すという有力な仮説を唱えました。現在、旧約聖書の邦訳はこの説に基づいて、アーシュを「北斗」と訳しています。
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皆様方のご期待とご要望に沿えるように日々精進いたしますので今後ともギャラリーアーシュをよろしくお願いいたします。
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| 商号 |
有限会社アーシュ |
| 屋号 |
ギャラリー アーシュ |
| 電話番号 |
03-3583-1108/090-2216-3581 |
| 設立 |
平成10年10月 |
| 取引銀行 |
みずほ銀行赤坂支店 |
| サイト管理者 |
藪田泰人 |
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代表取締役/藪田泰人/プロフィール
東京都千代田区立永田町小学校卒業
東京都千代田区立麹町中学校卒業
東京都立九段高等学校卒業
青山学院大学卒業
武蔵野美術短期大学中退
株式会社赤坂薮田漆芸堂内取締役就任(現在、取締役を退任)
現在、有限会社アーシュ代表取締役
赤坂一ッ木通り商店街振興組合理事
前THE TOKYO TOWERS管理組合理事 |
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